【芸能】「最初はグー」は志村けんが起源?──その歴史と真相に迫る

「最初はグー、じゃんけんぽん!」

この掛け声を聞いて、ピンとこない日本人はほとんどいないだろう。

子どもの遊び、学校のイベント、テレビ番組、さらには大人の飲み会まで──この言葉は、世代や場面を超えて日本人の生活に深く根付いている。

しかし、私たちが何気なく使っているこの「最初はグー」、その起源について考えたことはあるだろうか?

実はこの言葉には、志村けんという一人の芸人の即興性と、テレビ文化の拡散力が深く関わっている
そしてその裏には、地域文化や口承の痕跡も見え隠れする。

「最初はグー」は志村けんが起源?──その歴史と真相に迫る

志村けんが広めた「最初はグー」

1980年代初頭、TBSの人気番組『8時だョ!全員集合』のコントの中で、志村けんさんと仲本工事さんがじゃんけんをする場面があった。

そこで志村さんが発したのが「最初はグー」という掛け声。
この一言が、全国の子どもたちの間で爆発的に広まり、今ではじゃんけんの“儀式”として定着している。

志村さん自身は、「自分が考案したわけではない」と語っている。
彼の故郷・東村山市の子どもたちが使っていたのを耳にした可能性もあるという。

だが、彼がテレビというメディアを通じてこの言葉を全国に広めたことは紛れもない事実だ。

興味深いのは、「最初はグー」が単なる掛け声ではなく、場の空気を整える“前奏”として機能している点だ。

タイミングを揃え、緊張感を生み、勝負の始まりを演出する。
志村さんのユーモアと即興性が、この言葉に“儀式性”を与えたのだ。

「いかりや長介、頭はパー」──ギャグと儀式の融合

「最初はグー」の後に続く、もうひとつの定番フレーズがある。

それが──「いかりや長介、頭はパー」

この言葉は、志村けんさんがじゃんけんの掛け声にユーモアを加えたバリエーションで、ドリフターズのコントの中で生まれた。
いかりや長介さんの“真面目で厳格なキャラ”とのギャップを笑いに変える、愛あるいじりでもあった。

このフレーズは、子どもたちの間でも流行し、学校や遊びの場で真似されるようになった。

じゃんけんが“勝負”だけでなく、“演出”や“コミュニケーション”の場になる──日本独自の文化的進化がここにある。

それ以前にも存在していた?地域文化の痕跡

「最初はグー」は志村けんさんが広めたことで知られているが、実はそれ以前から一部地域では使われていたという証言もある。

たとえば、神楽坂の芸者が「最初はグー」をお座敷遊びの中で使っていたという説。

あるいは、海道出身のテレビスタッフが「子どもの頃から言っていた」と語った例もある。

こうした証言は、この言葉が地域的に自然発生していた可能性を示唆している。

じゃんけんの掛け声には地域差があり、「いんじゃんほい」「じゃんけんほい」「しょーぶ!」など、バリエーションは多岐にわたる。
こうした口承文化の中で、「最初はグー」もまた、ローカルな言語習慣の一つだったのかもしれない

なぜ「最初はグー」は定着したのか?

言葉が定着するには、いくつかの条件がある。まずはリズムの良さ
そして意味の明快さ
さらに、繰り返し使われる場面の多さ

「最初はグー」は、これらすべてを満たしている。
しかも、志村けんという国民的芸人が、テレビという強力なメディアを通じて繰り返し使ったことで、言葉は一気に全国区となった

この現象は、ローカル文化がメディアによって全国に拡散される典型例でもある。
言葉のルーツは一つではなく、複数の文化的要素が交差しながら、ある瞬間に爆発的に広がる

まさに「文化の臨界点」とも言える瞬間だ。

志村けんという文化的媒介者

志村けんさんは、ただのコメディアンではない。
彼は言葉と笑いを通じて、日本人の感情と記憶に深く刻まれる文化的媒介者だった。

「最初はグー」も「いかりや長介、頭はパー」も、その象徴のひとつだ。
彼が残したのは、笑いだけではない。
言葉の記憶、場の空気、そして人と人とのタイミングを揃える知恵だ。

この言葉の背景を辿ることで、私たちは日本語の奥深さと、文化の拡散力の不思議さに触れることができる。
そして何より、志村けんという存在が、いかに私たちの“日常”を形づくっていたかを再認識するのだ。

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